ろうそくと水と塩

【匿名さんからの投稿エピソード】

首都圏のとあるホテルに勤務していた時の事。そこではフロントクラークとして働いていたのですが、週に何回か泊まり勤務というのがありました。

泊まり勤務では、通常、24時過ぎになると警備担当者を館内の巡回に行かせて、こちらは一日の締めの事務処理などをやって、それが終わるとようやく遅めの夕食をとったりできるようになります。いつも通りなら、食事をとっている最中に警備担当者が報告に来るのですが、その日はちょっと様子が違いました。

いつもなら最低1時間は巡回にかかるはずなんですが、ものの30分もしないうちに警備の者が戻ってきたんです。その日の警備担当はAさんと新人のBさん。Aさんは割かしきっちりと仕事をしてくれる頼れる存在です。そのAさんが難しい顔をして、開口一番「ちょっと来てもらっていい?」と言ってきました。

こちらもやらなければならない作業が山ほどあるし、面倒だなと思いつつ、同行しました。

AさんはBさんを引き連れ、私を地下に続く階段に案内します。地下にはレストラン街があって、真夜中は不気味なほど静かです。レストランで何かあったのかなと思いながらついていくと、さらに下の階に進むAさんたち。

ここからさらに下は、倉庫です。以前は地下駐車場として使っていたらしいのですが、駐車場としては狭いため、倉庫として使うようになったとか。

倉庫につくと、Aさんは「こっちこっち」といって、さらに奥に私を連れて行こうとします。

そして着いたのが、配管などが通っている小部屋。部屋の入り口には鉄製?の頑丈な扉があって、普段はカギが閉まっています。通常は、巡回の際にカギを使って警備担当者が中を確認する程度で、だれも使うことのないはずの場所です。

「さっきカギをあけたばっかだからあくはずだよ。ちょっと見てみてよ。」Aさんは私にそう言いました。

何があるのだろうと、思いつつ、とりあえずドアを開けてみました。最初は、配管が目の前にあるだけで、特に何か問題があるように見えませんでした。「何もないよ。どうしたの?」Aさんにそう尋ねたところ、Aさんはわたしにこう言いました。「ちょっと入って斜め横見てみなよ。」

中に入り、言われた通りの方向を見る私。最初ちらっと灯りのようなものが見えました。さらに近づいていってみると…

なんとろうそくに明かりが灯してあり、水が入ったコップと、紙の上に塩が盛ってあるではありませんか。最初これを見て頭の中は?マークだらけでした。

「なんでこういうのがここにあるの?Aさんふざけたでしょ?」

「ふざけるわけないだろー。私だって訳がわからないんだからさ。」

どうやら、Aさんたちが巡回でここの部屋を開けた時にこれを発見したということでした。カギを開ける前は確実に閉まっていたとのこと。

Aさんの性格上嘘を言っているようには思えませんでしたし、巡回の時間が延びちゃうだけなので、こういう悪戯をする理由は全くありません。それに新人のBさんにいろいろ教える手前、ふざけるわけがありません。


ろうそくは、見たところ灯してからそれほど時間が経っているようには見えませんでした。まるでついさっき灯したかのようでした。(蝋はまだ垂れてなくてきれいなものだった)

気持ち悪いので、ろうそくを消して、ひとまず朝までそれはそこに置いておくことにしました。(念のためAさんは霧吹きを吹きかけていた)


それにしても考えれば考えるほど不可解です。
23時過ぎまで、レストランのスタッフたちその他の連中がここの倉庫を激しく出入りします。だから、部外者が気づかれずに入り込むのはまず無理な話です。しかも、レストランのスタッフの最後の一陣が引き上げる段階で、Aさんたちが倉庫の入り口を施錠するので、23:30~は、倉庫に誰もいないはずです。入り口はここひとつですし。それに、例の部屋は通常は施錠してあるので、仮に倉庫に入れたとしても、ろうそくが灯してあった部屋には入れるわけがありません。

カギも、フロントの事務室と、警備担当者が持っているものと、そして総合事務所が保管するマスターの3つだけです。ですので、今館内にいる誰かが何かやるとしてもAさんたちがやったのでなければ誰にも出来ないことになります。

一応念のため、カギがそれぞれの場所にきちんとあるのか確認し、その上でその時点でホテル内にいるスタッフ全員に倉庫に行った人がいるか確認しましたが、全員アリバイがあり、謎は深まるばかりでした。

おまけに、モニターの録画で確認しましたが、スタッフが引き上げた後、巡回までの間、誰も倉庫に近づいた形跡すらありませんでした。


朝になり、昨日出勤していた他のスタッフ全員にも確認しました。しかし、当然のことながら、全員その時間には退勤していたことがわかっただけでした。


自分自身の退勤の時間が近づいてきていて、報告を上げないといけないので、どうしたものかと思案していると、フロントの部門長が出勤してきました。丁度AさんもBさんも退勤前だったので来てもらい、起こったことを全部話してもらうことにしました。

部門長は話を全部聞いた後、「じゃあ、その部屋見に行こうよ。今」と言ってきました。AさんとBさんと部門長、そして私で再度倉庫のあの部屋へ。

鉄製の扉にカギがかかっているのを確認し、カギを差し込み開錠するAさん。

「ほら、見てみてよ」

Aさんがそう言うと、部門長は覗き込みました。

「そんなのどこにあるんだ?」

「え?ちょっと入って斜めを見てみな」

「…」

「あっただろ」

「…ないよ。そんなの」

「え!?」

Aさんが部門長をつつき、変われと合図しました。部門長もAさんには逆らえないのか、言われるまま体を入れ替えました。

「うわ。ほんとだよ。なにもない」

Aさんが出てきて私にも見るように合図しました。私は中に入ってみました…。確かに昨日あったはずのろうそくと水と塩はどこにもありませんでした。

「みんなで俺をからかってんじゃないだろうなー」

部門長がそんなことを言いながら、再度部屋に入りました。さらに詳しくあちこち部屋の中を確認しているようでした。

「あ、ちょっとまてよ。これ」

そういいながら部門長が部屋から出てきました。そして掌に何か載せて私たちに見せました。

「ほら」

部門長の掌にのっていたのは蝋燭が垂れたものと思われる蝋のクズ?でした。

「うーーん。まあ、蝋のカスがあるってことは、もしかしたら本当なのかもしれないな。でも、実物がないんじゃ仕方ない。この件については報告のしようがないだろうから、ここだけの話にしておこうな」

部門長はそう言い残すと、フロントの事務室に引き上げていきました。

結局誰が何のためにやったのか、どうやって入れないはずの部屋に入れたのか、なぜ消えたのか、謎をたくさん残したまま、あれは姿を消しました。落ちもなにもないのですが、これが私の中で一番の不可解体験です。

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