- 子供のころに大阪に住んでたんだ
そのころの話
子供の妄想だか、現実だか判らなくなってるうちのひとつ
少し長いけど、我慢してくれ
5つぐらいだったと思う
夕方、母親と電車を待ってた
小さいホームで、木製のベンチ。手の中には切符
ばあちゃんの家に行く途中の乗換駅だ
ホームには人がいない。俺と母親くらい
天六で乗り換えてばあちゃんの家に行くのは路面電車だ
婆ちゃんの家は、でかい国道の側にある
道路の上にある出っ張りみたいなホームで降りて、
ロープを張ったみたいな遮断機を降りたら一直線に走れば婆ちゃんの家
早く行きたいと思っている
- 電車はなかなか来ない
京橋まで行って国電に乗った方が早かった、後一駅で京橋なのにと母親が言ってる
向かいのホームに、電車ついて、何人か乗せて下ろしてがたがた走って行った
でかいライトをつけた、2両の電車だ
あの電車に乗って、終点で乗り換えたら名古屋に行ける
婆ちゃんが、又みんなでお参りに行こうといってた
前に買ってくれた飴を買ってくれるといっていたので、
その日を楽しみにしている
がたがたと音がして、目の前に電車が来た
これに乗れば、婆ちゃんの家にもすぐに行ける
- これが俺の覚えている光景
場所は、野江辺りだった
俺は待っていたのは大阪市電だと思っていた
今の京阪本線と直角に交わっている(環状線に平行?)なイメージがあったから
大阪市電は俺の生まれる前に廃止になってる
- 婆ちゃんの家は西宮で昔は阪神国道線っていう路面電車が走っていたけど、廃止済み
この辺りは、母親か親戚の昔話を聞いて頭の中で組み立ててしまった
ということで説明がつく
今でも親戚で集まると、叔父さんたちが子供のころは国道を電車が走っていた。
という話題が出ることがあるから
緑の電車っていうのも混同しているんだろう
俺が子供のころに住んでいたのは、枚方で、京阪を使っていたから
記憶の場所には大阪市電は走ってなかったってのはご愛嬌だ
でも乗り換えて名古屋って何だろうな?
記憶では駅に観光図みたいなのが飾ってあって、名古屋も描かれていた
京阪の本線の駅と、待っていた駅とのローカルな差が面白くて
俺はその駅が好きなんだ
母親には、時間がかかると言われながらも、
婆ちゃんの家に行くのにその線を使うのを楽しみにしていた