- 小学5年くらいの時かな。夏休み近所の山に虫採りに行ったんだよ。
山っていうか、何て言うか雑木林からシームレスにいつの間にか山、みたいなとこ。
ミニチュアの富士山と樹海みたいな感じかな。
友達と、確か四人で、早朝、雨の上がりの霧の深い中
雑木林の中で虫を採りながら山に入ってった。
雨降ったあとなんて虫いないんじゃないかって思ったんだけど、これが不思議といるのね。
そこそこ田舎だったからオオクワガタとかまではいないものの
都会では売れるレベルのノコギリとかミヤマとか結構採れた。
そうやって色々採りながらどんどん分け入ってくんだけど
途中で珍しい虫が採れたんだよ。大きさと形はカナブンみたいな感じ
というかカナブンなんだけど、表面にうっすら毛が生えてて
変な模様があった。この辺で採れるカナブンはだいたいおなじみの
緑色の奴だったから珍しかった。細かくは覚えてないんだけど
とにかく見たことない感じ。っていうかそれ以来同じようなカナブン見たことないわ。
- それで友達とレアだーとか言ってテンション上がってたら、もう一匹。
今度は蝶というか蛾?だった。オオミズアオっているだろ? あれに形と色は似てた。
けど、これにも変な模様があった。ゴライアスってハナムグリいるじゃん
あんな感じだった。そんなの捕まえちゃったから俺らテンション上がりまくって
もっと採ろう、ってなって。夏草茂る藪の中、道なき道を奥へ奥へと。
案の定、道に迷う、テンション下がる、来た道を戻ろうにも
完全に座標を見失う、変な汗をかき始める。これはいよいよやばいのでは
と半泣きになったところで、藪が途切れて沢みたいなところに出たんだ。
何て言うのかよくわかんないけど山葵とか育ててそうなとこ。
確か雑木林の方まで小川が何本か流れてたから、これ伝って行けば帰れる!
と思ってすっげー安心した。じゃあ帰ろうぜ、ってことでその沢から
川伝いに帰ろうとすると、俺ら出てきた反対の藪から爺さんが出てきた。
- 本当なら俺ら泣いてちびるくらいの状況だったけど、なんでかその時は
人を見つけたことで安心したんだよね。迷子になってやっと帰れる、って
なった後だったからかもしれないけど。
それで爺さんに「これ(川)伝えば出れますよね?」って聞いたら爺さん
「そうだけんじょも、おめーら虫さ採りにきたんか?」って聞かれた。
そうだ、って言いながら爺さんに道に迷ったことを話すと、爺さんは
急に俺らの虫かごを取り上げて「おめら何か変な虫さ採ったろ」って言いながら
虫かごからさっきの二匹を見つけだしたんだよ。んで、ちょっとおっかない顔で
「おめたちこういう虫は採っちゃいけねーだ、山の神さんに返してけ」って
その二匹を逃がした。俺らはとっさのことに何するんだ、とも言えずに
ぽかーんとしてたんだけど、何となく雰囲気がおかしくなってきたから
早々にごめんなさい、じゃあ帰ります、って川伝いに帰ろうとしたら
爺さんに肩をぎゅっと掴まれて
「そっちさ行ったら帰れんようになる、あっちさ真ーっ直ぐ行けばつっかけ出られる」
って、俺らが出てきた藪の方を示したんだよ。
- でも俺らもそっちから迷って出てきたんだ、って言っても爺さんは「大丈夫だ、早く帰れ」
って俺らを藪の方へ追いやった。結局、俺らはこれ以上ここにいるのはまずいんじゃね
みたいな感じになって渋々藪へ戻って言われた通り真っ直ぐ進んでいった。
みんな何か言いたそうだったけど、また引き返したりして爺さんに会うのも
いやだったから、無言でずんずん進んでった、ら。ものの五分もしないうちに
藪が無くなってきて、元いた雑木林の方へ出て、あっさり出ることが出来た。
いつの間にかもう霧は晴れて太陽が真上に来てた。それで、珍しい虫を逃がされたことに
段々腹が立ってきたんだけど、テンション下がっちゃったし、無事に出られたし
ノコもミヤマも手に入ったからよしとしよう、みたいな感じで解散して家に帰った。
家に帰って爺ちゃんに道に迷った話をしたらえらい怒られた。
孫大好き!みたいな温厚な爺ちゃんが初めて怒ったんでえらいたまげた覚えがある。
それで、怒られながらも山の沢で見た変な爺さんと珍しい虫のことを話したら
「ああ、そりゃ狐だな」って言われた。
- 他にも山には神さんの場所がどうたらとか、霧が深い山はどうのとか
虫のことは分からんが山には触っちゃいけねえもんがたくさんあるだとか。
俺も子どもだったから「あーなんだ、化かされたのか、こえー」くらいにしか
その時は思わなかったんだけどさ。
これって狐に化かされてた俺らを変な爺さんが助けてくれたのかね。
それとも沢も爺さんも虫も狐の仕業だったんかね。
今でもその時の一人と付き合いがあるんだけど、何だったんだろうな、って。
まあ当時から「山の神様()て」とかそいつらと言ってたけどさ。
それからはあんまり虫採りもしなくなったし、またああいう虫を見かけても
知らん顔してようと思ってるけど、幸いなことにああいう虫を見かけたことはあれきり一度もない。