- 父の話を思い出したので書きます。
生まれてからずっと北海道民。
大学だけ、親元離れて憧れの京都へ。
昔なので(父は60代)下宿住まい。
そこの下宿先のオヤジさんのことが、父は大好きだったんだと。
知らない土地でひとりの生活、親以外で初めて身近に接する大人。
オヤジさんはお酒と話好きの、くだけた感じの人で、北の田舎から出てきた父にいろんな事を教えてくれたんだと。いい事も、悪い事もいっぱい。
そのお陰もあって楽しい大学生活で、京都時代は大切な思い出になった。恩人だね。
で、無事に卒業して北海道で就職したんだが、だらしない所のあった父、手紙のひとつも書こう書こうと思いながら、日々の忙しさにかまけて何もせず放置してしまった。
何年も経つとさすがに気まずくなり、悪いと思いながらそのまま音信不通に。
この話を聞いた時、父は50代半ば。つまり後悔しながら30年以上経ったんだって。
当時、会社を経営しててけっこう苦しかった筈。
京都には出張で何回か行ってた。
その度に思い出すけど、今更どうしていいかもわからなかったと。
(続きます)
- (続き)
そんな一泊の京都出張のある日、取引先の都合で、午後の予定がぽっかり空いたんだって。
初めて、行ってみようか、と思えた。
しかし30年以上前のこと、電話番号どころか正確な住所もわからず。けど、とにかく行って、町の空気だけでも吸ってこようと。
着いてみればさすがは古都で、町は思ったほど変わってなかったんだって。
懐かしい道を記憶を頼りに歩くと、下宿の建物、そこにあった。表札の苗字も同じ…。
勇気を出してインターホンを押した。女性が出た。
怪しまれる覚悟で、道々考えていた説明を一気に話した。
「突然の訪問で申し訳ありません。実は、
30年ほど前にこちらの□□さんのお宅で下宿のお世話になっておりました、○山という者です。もしも当時をお分かりの方がいらっしゃいましたら、少しでいいのでお話をさせて頂きたいのですが…」
そしたらインターホン越しの女の人が
「…○山さん!?」って。
ドアが開いた。下宿の奥さんご本人だった。すっかり年取ってはいたけど、懐かしい顔。
よく来たねえって、感極まった様子。父の事も当たり前に覚えていたって。
父は懐かしくて嬉しくて、もっと早く来るべきだったと思いながら
「あの、オヤジさんは…?」と聞いた。
すると奥さんはにこっとして、ちょっと黙ってから
「あの人ね。今朝方に、亡くなりました。」
と。
長々と書いて申し訳ないけど、話としてはこれだけなんだ。
オヤジさんも事故とかじゃなくて、かなり高齢だったし普通というか、静かな最期とのこと。
父は泣きながらオヤジさんに手を合わせ、不義理を心から詫びて帰ってきたって。
ただの偶然といえばそうなんだ。
でも30年以上、たった一日、その日に当たるなんて。そんな偶然ってあるのかなって。
「お世話になった人が気になったらいつでもいいからすぐに、連絡を入れろ。どんなに時間が経ってもダメということはないんだ。後悔しないように。」って言ってたよ。
終わりです。
長いの読んでくれた人ありがとう。