ラベル 祟_罰 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 祟_罰 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

頼み事を叶えてくれる何か

5 :本当にあった怖い名無し[sage]:2010/02/15(月) 18:54:31 ID:CgW5bmwp0
子供の頃のトイレがポットンでそこには何かがいた。
頼み事をすると叶えてくれるんだけど代償に何か落さなきゃダメだった。
なくしたボールくらいなら便所コオロギやバッタ程度で済むんだけど
少2の時に、マラソン大会が嫌で嫌でおおきなトカゲを落して頼んだらその晩盲腸炎になった
もちろんマラソンは出なくて済んだけど腹切られて入院
それ以来怖くて「なにか」に願うのは止めたけど
傷の形が今でもトカゲに似て赤いケロイドになってる

四谷水掛け観音さま

519 :本当にあった怖い名無し[sage]:2010/01/12(火) 06:30:32 ID:OUmMjvLE0
学生の頃、地方から友人カップルが遊びに来て、四谷で飲むことになった。

通りの向かいから四谷 丸正の入り口あたりにある
水掛け観音さまを指差して「あれが有名な怪談の…」
と言った翌日、片目にものもらい。

それが後にも先にもこんなに腫れたことがないという状態で、熱を持つ始末。
1週間ほどで腫れが退いたので友人に付き添いを頼み、再度
お詫びと治ったことの感謝で近くの稲荷田宮神社ともどもお参りしてきた。

びしーっと直接指差すなんて本当失礼なことをしてしまったと猛省。
また友人カップルも若気の至り、いちゃいちゃきゃっきゃとやっていたので
「怒らせてしまったかも知らんな。ほんまもんやな…」と反省していた。
ちなみに友人たちは後に怪我するような大喧嘩をして別れてしまったけど当時は何もなかった。

数年後、飲み屋で「あの時はねー」という話になった際、
ご本人自体は気立ての良い、いい奥方様で家内安全幸せに暮らしたそうだけれど
史実的に平和でない話が残っていたり、
もとより鶴屋南北作品でいろいろな曰く付きエピソードが付加されたことや
長年の年月でいろんな人の思いや縁が積み重なって、一筋縄では語れない、
人智の及ばない存在、霊験あらたかな存在として今に至るのでしょうとは
近所の人の弁。

ホント怖かったんで今まで書かなかったんだけど、反省してます、ということで
投稿します。

一万円札

116 :本当にあった怖い名無し[sage]:2009/11/11(水) 14:26:19 ID:Ju22uWCfO
投下していいですか?長文な上に、携帯からなんで改行変だったらごめん。
高3だった時の話。

当時、自室は小学生の妹と半分ずつ使っていた。
しかし毎晩夜遅くまでつける灯りが眩しくて、妹が寝れないと言う。
そこで受験が終わるまで、仏壇のある和室を勉強部屋にすることにした。

何日かすると、仏壇に身に覚えのない裸の一万円札が置いてある。
我が家では、箱菓子やお年玉を頂いたらすぐ仏壇に供えることになっているので、
「あぁ、妹が誰かからお小遣いでももらったのかな」と思った。
そして一万円札を手に取り「いいなあ~これがあったらあれもこれも買えるわw」
と妄想を繰り広げ、その後すぐ仏壇に戻して手を合わせた。

それから数日後、妹が「今日は一緒に寝たい」と言い出した。
なんだずいぶん珍しいな!と思いつつ、たまにはいいかと布団を2つ敷いてやり、
勉強もそこそこに一緒に寝ることに。

117 :本当にあった怖い名無し[sage]:2009/11/11(水) 14:27:52 ID:Ju22uWCfO
ぐっすり眠っていた自分は、体の上に誰かが
横たわっているかのような、そんな重みで目が覚めた。

目の前には、白い煙のようなモヤがかかり、暗闇でもはっきりわかる。
そのモヤが、明らかに人の形を成しているということに気づいた瞬間、
体が動かなくなってしまった。

金縛りか!?と思い、必死に隣りの妹を見る(首を横に向けることはできた)。
妹はすやすや寝ている。
「○○!○○!」と名前を呼んだが、声が出ない。マジでヤバい。どうしよう。

もう一度、勇気を振り絞ってモヤを見ると、顔の部分に真っ黒い目の形の穴が
2つ開いていて、こちらをただただずーっと見つめていた。
モヤの顔との距離、およそ20センチ。もう恐怖心でパニック。
必死でお経的なものを唱えるうち、次第に記憶が薄れ、気がついたら朝になっていた。

118 :本当にあった怖い名無し[sage]:2009/11/11(水) 14:30:02 ID:Ju22uWCfO
布団から飛び出した自分はリビングに猛ダッシュ、
「ちょっと!すげー怖かったあああ!」と家族にベラベラしゃべりまくった。
父と母は「まさかぁw」っていうごく普通の反応で、
「ホント!ホントなんだって!!」と興奮していると、妹が一言。

「ぶつだんの一万円札、とろうと思わなかった?」

「え…?な…んで…?」と聞くと、妹は
「○○ね、おこづかいもらったの。んで、ぶつだんにあげる時に
『この一万円札をとろうとするものがいたら、こらしめてください』って
死んだじいちゃんにお願いしたの」
と。聞いた瞬間、背筋が凍りついた。んでソッコー仏壇に謝りに行った。
しかしまさか妹とじいちゃんグルだったとはw
以上です。あと書き忘れたけど、自分は女です。読んでくれてありがとう。

小さい祠

412 :本当にあった怖い名無し[sage] :2006/06/04(日) 02:27:46 ID:4zgny2Aj0
高校生くらいの時の話。
当時オレは実家に住んでいた。四国の結構な田舎だ。
田舎なもので、ご近所さんで何かするって時は皆集まって手伝い合う。
その日もすぐ近所の旧家の庭でちょっとした工事(土入れしてならして駐車場を、とかいう感じ)を
やるというので、親父が昼間手伝いに行ったらしい。

その日の夜、深夜になってから何故か腰から下が足の先まで冷たく痺れて酷く痛みだした。
全く原因も分からず、筋肉痛用のジェルを塗ったりもしてみたが効果無し。
鎮痛剤でも飲もうかとも思ったが、おかんに聞かないと場所もよく分からなかったので、とにかく我慢することにした。

ひたすらその鈍くて冷たい痛み(まるで自分の足じゃなくなったような)に耐えていると、何時ごろだったか
まるで嘘のようにフッと痛みが消えた。「よかったぁ~」と安心し、眠りについた。

ツヅキマス

413 :412 :2006/06/04(日) 02:42:47 ID:4zgny2Aj0
翌朝目覚めて台所へ朝飯を食いに行き、家族にそのことを話した。
すると親父が少し申し訳無さそうに話し始めた。
昨日のその旧家の工事中に、親父が誤って庭の隅にあった小さい祠を埋めてしまったらしい。
ちょっとした重機を使っての工事だったので、親父が「あっ!」と祠に気付いた時には
もう結構な量の土を上からかけてしまっていたのだそうだ。
「まずいことしたなぁ~…」と思いながらも仕方なくそのまま作業を続けたらしい。

で、その夜親父は深夜に急に金縛りにあい、すごい量の冷や汗をかき始めた。
すぐに「あぁ、あの祠の神様だ」と思い、必死で般若心経(あ、うち真言宗)を頭の中で
何回も唱えたらしい。それが通じたのかどうか、暫くしていつも通りに戻ったとのこと。

オレは別の部屋で寝ていたのだが、位置的に親父(とおかんと妹)が寝ている部屋に足を向ける
格好で寝ていた。
「親父のせいかよっ!!」と苦笑いしながら突っ込んだのだが、しかしウチで若干なりとも霊感が
あるのはオレと親父だけなので、その時親父の隣で寝ていたおかんや妹はいびきをかいて熟睡だったとのこと。
なんだか不公平だと感じた当時のオレでした。

駄文、長文スマソ。

御本尊

96 :本当にあった怖い名無し :05/01/17 10:44:38 ID:CjBBYS2f
親戚の叔母さんが、仏壇を2階から1階へ移動させようとしたとき。
お寺さんにお経をあげてもらったうえで、仏壇の中の御本尊?(何て呼ぶのかワカラン
仏像みたいな)をそ~っと両手で持って階段を下りたのだけど、途中で
つまずいてしまい、その仏像様を壁にほんの軽く「コトッ」とぶつけてしまった。
翌日、自分の頭にたんこぶができていた。(叔母さんはもちろん頭を打ったりしていない)
ただそれだけなんだけど、子供心に「ばちが当たる」というのは本当にあるんだなと思った。

神田

364 名前:田での出来事投稿日:03/04/11 05:41
最初に、何歳の頃かも忘れてしまった、幼い日の出来事から・・・

山や田んぼには、神様が住んでいると言う話を聞いた事がありますか?
私の生まれた町では、お百姓さん達からそんな話を聞かされて育ちました。

ある日、私は幼馴染A君と、彼の家の近所の神社の裏手の田んぼのあぜで、2人で遊んでいました。
親からは「明るいうちに、帰っておいで」と、きつく言われてはいましたが、
楽しい時間はあっという間にすぎ、あたりが薄暗くなってきてしまった時、それは起こりました。
苗の植えられている田の水面が鏡のように調い輝いて、その中では、怒り心配している私とA君の母親と、
近所に住んでいる同級生の母親が映っていたのです。3人の母親の会話まで聞こえた記憶があります。
早く帰らないと酷く怒られると思った我々は、急いでA君の家の前まで駆けて行きました。
そこには、水面に映ったのと同じ服装、構図の母親たちの姿がありましたが、なぜか不思議には思いませんでした。

365 名前:田での出来事投稿日:03/04/11 05:41
その後か先かは忘れましたが、田んぼに石を投げ込む遊びをした事があります。
まだ苗の植わっていない田んぼは見晴らしが良く、大きな石を投げ込むと爆発するように泥と水飛沫を上げる事から、爆弾投げと呼ばれていました。
その年、私の家の前の田は「神田」(その田の収穫から、神社に一束の稲穂をお供えする)となっており、お神酒と、注連縄で飾られていました。
私たちは、いつもの年のように、大きな掴み易い丸めの石を選んで投げ込む事にしました。まるで注連縄がプロレスのリングのようで、
幼い心に特別な思いを抱かせたのでしょうか?私は、石垣に隠しておいた、模様の入ったお気に入りの宝物の石を投げる事にしました。
石の大きさは、多分大人の握りこぶし位だったのではないでしょうか。私は一番乗りで石を投げ、石は放物線を描いて水面へ。
大きな水飛沫が上がった時、私は頭に強い衝撃を受けて、意識を失いました。
目が覚めると、そこには母と、友人達。そして近所の医院のお爺ちゃん先生が覗き込んでいました。
「この石が頭にぶつかったんだよ」と聞かされて、先生が見せてくれた石は、確かに自分が投げ込んだはずの宝物の石だったのです。
周りにその事を訴えると、皆、急に押し黙り、その後両親に連れられて神社と田んぼに、お供えをしに行った記憶があります。